アヒルと琥珀

なんとなーくでいきてるひとがたまに書いてます。

星空のライヴXIIIのこと

寝不足の日に浴びる朝日のようなライブだと思った。

前回の星空のライヴが陰だとしたら、陽の側にあるのが今回の星空のライヴである。

ネタバレを一切しないように書くというのは難しいのだが、私にとっては今回の星空のライヴは眩しい。

忙しなく眩しい。

処理が追いつかないというところが正直なところかもしれない。

ライブとして完成度は高く、とても楽しめるものだ。

ただ今の私にとっては眩しすぎた。

前回の星空のライヴが「私の考えていた理想の星空のライヴ」だった。

根暗でうだうだと考えてしまうタイプの私に刺さった。

前回の暗さを期待してしまったからこそ、クラクラと立ちくらみのようになってしまったのだろう。

6回見てやっと純粋に楽しめるようになった。

明るさをリズメディアの30周年のお祝いとして受け止められた。

ツアーはパレードだ。パレードは続く。

そのパレードの中でどんな進化をしていくか。

あと4回のアリーナ公演で感じられたらと思っている。

松本明人『𝗔𝗞𝗜𝗧𝗢 𝗠𝗔𝗧𝗦𝗨𝗠𝗢𝗧𝗢 𝟯𝗥𝗗 𝗜𝗡𝗗𝗘𝗣𝗘𝗡𝗗𝗘𝗡𝗖𝗘 𝗗𝗔𝗬』


松本明人というアーティストの底知れぬ凄さを感じた2時間弱だった。

元真空ホロウのメンバーである松本明人の独立3周年記念のライブに参加した。
10代の頃好きだったバンドたちと関係が深いバンドではあったが真空ホロウにはなかなか縁がなく、今回が松本のライブを初めて見る機会となった。

ライブハウスに入って驚いた。
脅威の女性率の高さ。
おそらく9割近くは女性だったのではなかろうか。
真空ホロウもメンバーチェンジ以降、女性の心を歌う曲が多かったが、スマホゲームの歌唱キャストとして活動していることも関係しているのだろうか。
私自身があまり女性の多いライブハウスに縁がなかったため、そこでたじろいでしまった。


定刻になり、松本1人だけがステージに現れた。
アコースティックセットからのスタートだった。
1曲目の「ピノキオの妄言」。アカペラでの歌唱。誤魔化しの効かない状況だが、松本の歌はのびやかだった。会場全体に優しく包み込むかのような歌声が響き渡った。
アコースティックセットでの松本の歌声は繊細さが際立っていた。
深々と降り積もった真っ白な粉雪のようで、手でその声を掬ったらその熱で全て溶けてしまわないかと思ってしまうほどだった。それほどに儚く感じる場面が多かった。
「アリスとテレサ」はその儚さを存分に感じられた。
『僕はオバケだから』という歌詞があり、叶わない恋を歌っているのだが、この世に実体のないような透き通っている歌声が印象的だった。

「次はAKITO MATSUMOTO BAND SETさんです。初めて対バンさせていただきます。」という言葉で締めくくられた。
最初はその意味がわからなかった。
同一人物であるのに、なぜそのような表現をするのかと疑問に思った。
バンドセットになりその理由が私の中ではっきりとした。
【松本明人】という同一人物であるが、別物だった。


バンドセットの松本は、アコースティックの松本が光だとしたら闇だった。
妖艶という言葉がそのまま当てはまった。
女性の私から見ても艶っぽく色気を感じた。
バンドセットになり、歌声は勢いがあり力強さが増していた。
ベース、ドラム、そしてエレキギターというスリーピースの編成で先ほどのような繊細な声を出し続けたとしたら、楽器に負けてしまう。
ただアコースティックセットの時の声が大きくなったわけではなく、体の奥底から渦巻くような声が出ているようだった。
「ごんがらぐしゃ」冒頭の松本は何かに取り憑かれたようだった。入ってはいけない世界に引き込まれそうになった。

そしてアコースティックセットとバンドセットで、同じ曲が数曲演奏されたのも印象的だった。
同じ曲ではあるが、アレンジもおそらく歌い方も違うためまるで違う曲のような印象を受けた。
おそらく新曲であろう「Re:GRET」もどちらでも披露されていた。アコースティックセットの時には湿り気のある印象を受けたのだが、バンドセットのときには湿り気だけではなく粘度をもったように感じた。
そのようなアレンジや歌声の違いで2時間弱があっという間だった。


人には様々な面がある。
今、このように文章を書いている私も様々な面を持ちながら生きている。
【松本明人】という人間の2つの面を今回見られた気がした。
繊細で儚い面、力強く妖艶な面。
彼には他にどんな面があるのだろうか。
きっとまたライブを見たら知ることができるのだろうと思っている。
次回のライブではどのような一面が見られるのか。
楽しみである。

緊張しい、ボイトレ発表会に出る その3

「他人に期待するのはやめましょう」

本番1ヶ月前を切った。
A先生だったり、UNLIMITSの葉子さんだったり、悠歩さんだったり…いろんな先生にいろんな技術を叩き込まれた。
頭の中を整理しつつ、情報の統合をして、曲ができてきたころが3週間を切ったあたりである。



A先生との本番前最後のレッスンがスタジオリハーサルの前にあった。

終盤ステージに立つ心構えを聞いた。

「誰かによく思われたいとかうまいと思われたいと思いませんか。」

「思いますね。」

「他人に期待するのはやめましょう。」

(!?!?!?)

想定外の言葉が降ってきて驚いてしまった。
その後もA先生からの言葉は続いた。

「他人に期待するから緊張するんです。練習より上手くできることなんてないんです。今までやってきた自分に期待してあげるだけですよ。」

「なるほど。」

「歌うのが楽しいって気持ちをもって、自分を信じてあげてください。」

「なかなか難しいかもしれないです。」

「私もこの気持ちになるまで15年くらいかかりました。」

今も第一線で活動しているアーティストの言葉にかなりの重さを感じながらA先生とのレッスンを終えた。



そしてスタジオリハである。
もともと予定される調子の悪い日ではあったが、前日に仕事を早退するほど調子が良くない状態になっていた。

当日も本調子ではなく、繁華街の喧騒にクラクラとしながらスタジオに入った。
そしてあっという間にリハの時間になり20分間キーボードの生演奏に合わせて歌った。
歌うことは楽しかったが緊張もしていて、よくわからない状態になっていた。
無我夢中で終わっていたというのが正直なところである。


家に帰る道中で録音を聴き始めたが、まぁ酷かった。
むくみで喉は開かず、全ての音程が暗く低い。
しゃくりあげる癖が全て出ている。
録音を聴いて悔しくて半泣きになった。



そんな精神的にボコボコになった数日後に、葉子さんのレッスンが入っていた。
このまま本番まで悠歩さんのレッスンのみ1回だけでは、おそらく精神的に厳しいかもと予想をしていて、入れてもらっていたのだ。

葉子さんのレッスンは私にとってオアシスなのだ。
だいたい体の不調明けか心がバキバキに折れた時にレッスンを入れていることが多い。
やさしくまあるくつつむように指導をしてくださるのだ。
それに甘えたくなるタイミングが私にはあるのだ。


その時もしょんぼりしながらレッスンを受けていたが、
「できてるよ!大丈夫だよ!」
という葉子さんの言葉にだんだんと自信が戻ってきた。
きっとそれは葉子さんの天性の明るさからくるものだろうと思っているのだが、いつもその明るさに救われている。
その日も背中を押されてレッスンを終えた。


悠歩さんとのレッスンで最終確認をし、本番当日になった。

緊張しい、ボイトレ発表会に出る その2

「この曲をどんな曲だと思って、歌っていますか?」


『忘れない日々』を課題曲にしたが、解釈迷子になった私。
曲作りを1から行っているA先生に助けを求めた。

性格とメンタル、音楽の嗜好性が私に1番近いのがA先生なのだ。



レッスン中盤、先生から聞かれた。
「この曲をどんな曲だと思って、歌ってますか?」
「失恋…ですかね。」
「私は、この曲は失恋の歌ではないと思うんです。」

目から鱗だった。
失恋の曲だと思っていた。



その後、先生の話を聞いていると、先生の解釈がすとんと腑に落ちた。

ただ、そんな経験をしたことがない私、表現できるのか…?と思い始めた。

おそらくそれが顔から滲み出ていたのだろう。

「経験したことがないから表現することが難しい時がありますよね。」

見透かされている。

「ドラマの殺人犯役って、人を殺したことがあると思いますか?」

「ないです。」

「その人たちも殺人をしたことはないわけですよね。だから似たような経験に置き換えて歌うといいですよ」

また目からポロポロ鱗が落ちた。




『忘れない日々』のような経験はしたことがない。
だが、なんだか切なくて胸がギュッと締め付けられるようなことは何回もあった。

そのことを思い出しながら歌うとなんだか少しだけ自分の曲の中に切なさが生まれてきたような気がした。

失恋の曲だと思うことをやめたこと、気持ちの置き換えを始めたことでとても歌いやすくなった。

さすがだな…と思った。


なんとなく曲に向き合うメンタルがそこでできてきた。


あっという間に本番まであと1ヶ月ほどになっていた。


そんな中、風邪をひく。

ちらつく去年の11月…。

幸いなことに声は出なくならなかったが、違和感を覚えたためいつもの病院に駆け込む。

「なんかちょっとおかしいから来ました!」とニコニコして言ったものの喉を見た瞬間の先生の顔色が変わり一言。

「結構腫れてるよ?」

発声を控えるように言われた。

素直に服薬し、発声を控えなんとか1週間で不調を脱することができた。

そんなこんなで本番1ヶ月前を切る…。

つづく

緊張しい、ボイトレ発表会に出る その1

「なんでここで手を握ってるんですか?どういうことですか?」

さて、極度の緊張しいがボイトレの発表会に出ることにしてしまった。
出るとなったら曲目を決めなければいけない。

ほぼ何にも考えずにレッスンに向かってしまった。



悠歩さんとのレッスンの中で当然曲目の話が出てくる。

私 「何がいいんでしょう」
悠 「『忘れない日々』とかいいと思うよ!」

いまいちピンとこない私。1度目のスルー。



悠 「〇〇とか、『忘れない日々』とか、◻︎◻︎とか…」
私 「〇〇…好きですね…」(『忘れない日々』また出てきたな。)

2回出てきたので少し気になりつつも、『忘れない日々』を2回目のスルー。


〇〇が諸事情により難しそうであるということが分かり、振り出しに戻る。



私 「それならば、別の曲は何がいいと思いますか?」
悠 「『忘れない日々』…いいなぁ」
私 (本人は気がついてなさそうだけど『忘れない日々』が3回出てきた…。これにするか…)「はい、『忘れない日々』にします。」

3回の登場により、『忘れない日々』に課題曲が決定した。



課題曲が決定したが、歌詞を解釈したがるタイプの私。歌詞をざっと読んで、何も理解ができなかった。


早速1番Aメロから躓く。

もう少しこうしていて この手にぎっていて
恋人と呼び合えるのは これが最後

なぜ別れを決めた2人が手をにぎっているのか。
そしてこのセリフが出てくるのだ。

私 「なぜここで手を握ってるんですか?どういうことですか?」
悠 「いや、そこまで考えるんだ…」



その日のレッスンで技術を身につけて歌うことは上手くなった。

なぜ手を握っているのか…。と頭の中で1週間くらいぐるぐると回り続けていた。


私にはこのような恋愛経験がない。
そのため感情移入がしづらいのだろう。
悲しい曲だということはわかるが、心に響かなかったのだ。


昨年、香港まで行って見たツアーのセットリストにも、『忘れない日々』が入っていたのだが、印象に残っていなかった。
その当時は前後の曲がより好きだからだと思っていた。
それだけの理由ではなく、きっと感情移入がしづらいからこそ、歌の印象が残っていなかったのだろう。


さて、どうする私。
このままだと表現が非常にしづらい。
そう考えた時、併用しているある先生の顔が浮かんだ。
この先生なら、きっと上手く教えてくれるだろう。

思い立ったら即行動で、その先生のレッスンを申し込んだ。
どういう気持ちで歌うべきなのか。
そもそもどういう解釈をすればいいのかも聞きたいと伝えた。

家でも歌う練習をしつつ、その先生のレッスン当日になった。


つづく

緊張しい、ボイトレ発表会に出る プロローグ

「正気の沙汰ではない」
本番3週間前を切った私はそう思っている。
でも、一回決めたことだからやるっきゃないのだ。
もう引き返せないところまで来ている。


私がどれくらい緊張しいかといえば、緊張するとお腹が痛くなりさらに気持ち悪くなりトイレに篭るほどだ。
それを物心ついてからの四半世紀以上やっている。
顔色が悪くなりすぎて「本当に大丈夫?」と言われることも多い。
そもそも人前に出る性分ではない。
そんなことは自分が1番よく分かっている。



なぜ、そんな人間が発表会に出ようと思ったのか。



それはあるボイトレの先生から「歌やったらええのに」と言われたからである。
その先生はお世辞だったのかもしれない。
軽いリップサービスだったのかもしれない。

ただ私はそれを真に受けて少しだけ頑張ってみようかなと思った。


そしてそのタイミングで主にレッスンをしてもらっている吉岡悠歩さんから「今度発表会あるから出てみてもいいかもね!」と言われた。


2人のプロからそう言われた私、頑張ってみるか!と重い腰を上げたのである。
ちょろい人間である。

会場が好きな場所で、生演奏で歌えるというのも貴重な経験かもしれないと思った。



申し込みの時、送信ボタンを押す手が震えた。
私なんかができるのであろうか…と迷った。
しかし、そのあとすぐにこの迷っている時間がもったいないと考え始めた。
最悪キャンセルすれば良い。
そこに至るまで申し込み開始時間から5秒。
えいや!と意を決して送信ボタンを押した。

少し経って定員オーバーをしたという文面が送られてきた。
「えっ、まさかの足切りあるの!?」と驚いてしまった。
はたして私は参加できるのか…と数日緊張をして過ごしていた。


数日後。
主催の悠歩さんとのレッスン。
「発表会頑張ろうねー!」
と言われて、出られるのかと一安心した。
そして質問をした。
「発表会、どれくらいで定員まで行ったんですか?」
「1分経たなかったねー。」

迷ってる時間が長かったら、発表会のチャンスを逃すところだったのか…と思った。


発表会まであと3週間弱。
発表会のことを考えただけで今から胃が痛くなっている極度の緊張しいがはたして発表会にたどり着けるのだろうか。


つづく

吉岡悠歩『Music in the dark 8』

金曜日の夜。
定時を過ぎても先輩方と仕事をしていた。
同僚たちは若手で野球を見に行ったらしい。
私はそんな企画があることさえ知らなかった。
華金とでもいうのだろうか。
なんだか黒い気持ちが渦巻き始めていた。

黒い気持ちに目を向けないように仕事に集中していたら、いつのまにかライブ開始にはギリギリ間に合わない時間になっていた。
急いだら間に合いそうな乗り換えができた。
しかし、急行に乗らなければならないところを各駅に乗ってしまうなどの凡ミスも重なった。
会場最寄りに着いた時には開始時刻だった。
気持ちが余計にどんよりとしていた。
会場に向かう道もジメジメとして暗く、真っ暗な気持ちは会場に近づくたびに増していくような気がした。

会場に着くとまだ始まっていなかった。
ほっと一安心。
ただ普段のライブとはひと味違う空気が漂っていた。
ライブが始まる前の独特の高揚感がないのだ。

それもそのはずだ。
今回のライブタイトルは『Music in the dark 8』。
コンセプトも「暗い部屋で目を瞑って歌う聴く音楽」。
何度か来たことのある会場だったのだが、今までで1番暗かった。
無音だったら確実に寝てしまうほどに暗い。

席についたあたりで、ライブが始まった。
あまり洋楽の知識がないためほぼ初見の曲なのだが、歌詞を聴くと暗い。
ほぼ暗い。
ぐるぐると渦巻いていた黒い気持ちが心の中全体に広がっていった。

怖い。辛い。
音楽を聴いているのに氷水の中にドボンと突き落とされてもがいているような気持ちになった。
苦しい。
息ができない。
ライブでこんな気持ちになるなんて初めてだった。
ある曲は本当に聴いていられなかった。
耳を塞いで伏せて耐えていた。
来なければ良かったのかもしれない。
そんなことが頭をよぎっていた。


ただ吉岡悠歩の歌声を聴いていて、まるでひだまりの中に干してあった柔らかい香りのするあたたかな毛布のようだった。ふんわりとあたたかい声なのだ。

だんだん歌声に身を任せていると、怖さが和らいでいった。
暗くて怖かった気持ちが、ぽわっとあたたかいものに包まれていく。
曲が暗いのは変わらない。
だが冷たくシトシトと雨が降っている外の景色をやわらかい良い香りのする毛布にくるまって見つめているような気持ちになっていった。


特に印象深い曲は藤井風の「ガーデン」だった。
原曲は爽やかな新緑のようでまだ若い印象が強い。
発売当時の藤井風は24歳。
まだ何色にも染まっていない若々しいまっすぐな歌声なのだ。

対して吉岡は藤井風より年齢を重ねている。
海外に留学をしたり有名なアーティストのバックコーラスなども多く経験したりしている。
きっとままならないこともあっただろう。
そんな人生を歩んできたからこその深みがあった。
真夏を吸い込んだ濃い緑が風になびいているような感覚が身体の中を巡っていった。
「人は出会い別れ 失くしてはまた手に入れ」という歌詞は特に深く染み渡るように感じた。
吉岡自身も思うことがあったようで、目に少し涙が浮かんでいたように思った。



あっという間の2時間と少しだった。
ライブを見ているのだが、気分が高揚するわけではなかった。
最初は怖さが強かったが、最後はふんわりとあたたかい歌声に包み込まれて安心するような時間だった。
不思議な感覚だった。


今までの私は気持ちを高揚させるためにライブに行っていた気がする。ヒリヒリとした緊張感の中で音楽を聴くこと、それがいいと思っていた。
そのため、あまりに心が疲れてしまうと音楽を聴けなくなることもある。
音楽は明るさ、光の象徴だと思っていた。
今回のライブはそんな気持ちが少しだけ変わった。
暗くてもいいじゃない。
そんなふうに思えた。
暗い中にも希望が見えたからだ。


ライブが終わり、外に出ると雨が降っていた。
行きに感じたジメジメとした感じは雨が降るからだったのだろう。
普段ならちっ…と舌打ちをしたくなるのだが、「そんな日もあるよね」と傘をさした。
暗いジメジメとした天気なのは行きと変わらない。
しかし足取りは軽く帰っていった。
























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感じたことをそのまま書いてあるのにすごく照れくさい。
ここまで書いてきて一切触れなかったが、私は悠歩さんのボイストレーニングの生徒である。
基本的に、私も悠歩さんもワーワーギャーギャーしながらレッスンをしているため、この文章を書いているということがなんだかむずむずとしている。