アヒルと琥珀

なんとなーくでいきてるひとがたまに書いてます。

保育士試験を受けよう

この春の保育士試験を受けることにした。

理由としてはまずはお金である。
保育士資格を持つことで今勤めてる会社の給料が爆上がりするから。
詳しいことは身バレが怖いためぼかすが年間で数十万単位で違うのだ。モチベーションが上がる。


とお金目当てなことを書いてみたがそんな簡単な理由だけではないのだ。

自分の勉強不足も理由としてある。
元々大学のこどもを専門として扱う専攻を卒業して、そのあと教育者として数年間働いていた。その中でもっと低年齢のこどもについてもっと学びたいと思ったからだ。低年齢の時のつまずきや発達の遅れにより学童期での困った!が出てきているのではないかという事案を多く見ていた。1回目の幼稚園実習があまりにもトラウマで2回目の実習に行かずに幼稚園教諭の免許は取らなかったのだが、幼稚園の免許を取れるように幼児についての勉強もしていた。しかし、学童期の現場に出てみて幼児期のことをふと思い出そうとしても全然思い出せないのだ。こりゃまずいと思った。

そして自分の中で縛られずに生きたいという思いが年々強くなっているからでもある。正規職の安定もいいのだが、1度きりの人生なのでもっと楽しみたいし、もっと自由に生きたい。アルバイトやパートをしながら自分の趣味や創作に費やす時間を増やせたらどんなに良いだろうかと考えることも多い。
そうなった時に活きてくるのが資格である。運転免許と教員免許しか持っていないわたしには武器がない。
少子化と呼ばれる昨今でも子供は生まれているし、働きたい保護者の方は増えている。
町を歩いているときにも保育士のパートの募集をよく見るのだ。自由な時間を増やしたいと思ったとき、保育士は武器になると考えた。


さらに、乳幼児期の脅威的な発達についてもう1回学びたいと思ったからだ。ふにゃふにゃとした誰かに守ってもらわないと確実に死んでしまうであろう新生児が6年後には歩いて走って、話して文字を書き、読めるようになるってとんでもないことだ。どういう発達の仕方をしてどのように成長していくのかを学んだはずなのにはっきりと思い出せないため、もう1度整理して自分の中で納得したいのだ。

最後はわたしは多分こどもを産むことはないと考えているのだが、かけがえのない世の中の宝物であるこどもを育てている人たちの少しでも助けになりたいと思っているからだ。自分の生きづらさと今の世の中を見ているとわたしがこどもを産むことはないだろうと思ってしまっている。産むことはないけれど、こどもの成長の助けになりたい。その思いは高校生の時からずっと変わっていない。




少しずつ勉強を始めているが、複数の科目は学んだはずなのだが、頭からすっかり抜けていることも多い。参考書を見た瞬間にその授業をしていた教授のくだらない話は思い出せるのに、その内容を全く思い出せないという訳の分からない現状になっている。あと3ヶ月弱でどこまでいけるか挑戦しようと思う。
目標は今年の後期試験までで保育士資格を取得と考えている。

がんばるぞー!